The Souls Cry
神様の声を聞き、献身した2010年の冬、私は神様の導きを求めて韓国とイスラエルに行きました。そこで私は父の御心を知ったのです。
韓国にいた頃、私にある詞が与えられました。
その詞は私が考えたものではなく、神様からの啓示によって書いたもので、数分で完成しました。
その後、韓国からイスラエルに行き、エルサレムに滞在していた時、2011/3/11東日本大震災が起こりました。
その時にこの詞を思い出し、まさにそれが父なる神の日本の失われた魂に対する御心そのものだったと気づいたのです。
「The Souls Cry」魂の叫びという曲です。大震災の後に作ったビデオとともにお聞きください。
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父なる神さまの御心は聖書にもはっきりと書かれています。
Ⅱペテロ3:9
「ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」
その父の御心を知っている私たちがするべきことはなんでしょうか?
一生懸命キリストを伝えることです。
時がよくても悪くても精一杯し続けることです。
宣教の実が見えずに諦めたくなることもたくさんあります。
なんのためにやっているんだろう。
全く希望のないような働きに思えます。
一向に主である神を知ろうとしない日本の民を見て絶望する時があったかもしれません。
何度涙を流して祈ったでしょう。
本当にリバイバルは起こるのだろうか、そう思ったかもしれません。
しかし、私たちが判断するべきことは、人々でもなく、状況でもないのです。
私たちが祈り続ける理由。
私たちがキリストを伝え続ける理由。
それは、私たちにキリストという希望があるからなのです。
私たちが倒れても、キリストは決して倒れません。
義人はキリストの義によって何度でも立ち上がることができるのです。
キリストの御力は、死んだものを蘇らせる復活の力です。
キリストの聖さは、どんなに罪深いものも、一瞬で聖くすることのできる聖さ。
キリストの癒しは、どんなに壊れたものも、建て直し、癒すことのできる。
このイエスさまに向かって日本が「イエス様、私たちにはあなただけが希望なのです!と叫ぶ時、日本は必ず変わることを信じます。
作詞:飯田結樹
作曲:佐藤貴誠
The souls cry
人の心は儚い 喜び悲しみは
どこから来て どこへ行くというのか
どこから来て どこへ行くというのか
迷い彷徨う心が叫んでいる 心が嘆いている
人が救えようか 人が満たせようか
この叫びに答えるものはいないのか
幾万のうめきは 虚しく響くのか
※
助けてください 憐れんでくださいイエスよ
この国を あなたを受け入れられない私たちを
耳をつんざくような 叫び受け止め
父に見捨てられ 十字架にかかり死なれた
父に見捨てられ 十字架にかかり死なれた
イエスだけが 私たちの救いなのです
立ち止まるものはいるか 希望、虚しさは
どこから来て どこへ行くというのか
どこから来て どこへ行くというのか
思い苦しむ心が叫んでいる 心が嘆いている
人が救えようか 人が満たせようか
この叫びに答えるものはいないのか
幾万のうめきは 虚しく響くのか
※
聞こえないのか その声が
行き場のない 叫びがこだまする
聞こえないのか その声が
隣で魂が うめいている